東京地判令和6年9月13日―肝細胞癌の診断遅延と相当程度の可能性
高度の蓋然性を否定しながら、死亡時点での「相当程度の可能性」を肯定した事例
- 裁判所
- 東京地方裁判所民事第34部
- 判決日
- 令和6年9月13日
- 事件番号
- 令5(ワ)22993号・判例タイムズNo.1531
- 結論
- 一部認容・確定
最判平12.9.22の「相当程度の可能性」が近時のがん診断遅延事案でどのように適用されるかを示す重要な裁判例です。
事案の概要
平成28年11月の造影CT読影報告書に肝細胞癌の疑いと「EOB造影MRIの適応」が明記されていましたが、担当医は検査を実施しませんでした。当時の腫瘍は13mm、単発、ステージIで、肝機能も良好でした。約2年8か月後に56mmの肝細胞癌が発見され、その後治療・再発を繰り返して患者は令和5年に死亡しました。検査不実施と死亡との通常の因果関係及び相当程度の可能性が争われました。
判決主文
1 被告は、原告に対し、918万4801円及びこれに対する平成28年11月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを8分し、その5を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判旨の重要部分 原文
判決書から重要部分を要約せず原文のまま掲載しています。改行はWeb表示に合わせています。
これらの事実関係を踏まえると、亡Wが、平成28年11月8日以降速やかにEOB造影MRI等の検査を受けることにより、ステージIの肝細胞癌であるとの確定診断を受け、その治療を受けていたとしても、令和5年9月27日までの約7年間のうちに肝細胞癌が再発する可能性は相当程度に高いものであったといわざるを得ず、その結果死亡していた可能性があることは否定できない。そうすると、本件注意義務違反がなかったとした場合に、亡Wがその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性があるものと認めることはできない。
もっとも、肝細胞癌の肝切除の場合の予後因子として、腫瘍径、腫瘍数、脈管侵襲の存在、肝機能が挙げられているところ、亡Wは、平成28年11月8日時点で、肝細胞癌の腫瘍径は13mmと比較的小さく、腫瘍数は1個のみ、脈管侵襲はなく、Child-Pugh分類Aと肝機能が良好であったのであるから、比較的良好な予後が期待できる状態であったということができる。このことに、前記の肝細胞癌患者の相対生存率等も考慮すれば、仮に亡Wが、同日以降速やかにEOB造影MRI等の検査を受けることにより、ステージIの肝細胞癌であるとの確定診断を受け、その治療を受けていれば、その死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性が存在するものと認められる。
実務上のポイント
- まず通常の因果関係(高度の蓋然性)を検討し、これが否定された後に「相当程度の可能性」を別段階で検討しています。
- 相当程度の可能性では、腫瘍径・個数・脈管侵襲・肝機能など患者固有の予後因子と統計的生存率を組み合わせています。
- 読影報告書に追加検査の適応が明記されていたこと、検査遅延が約2年8か月に及んだことは、慰謝料額の評価でも重視されています。