最高裁平成11年2月25日判決―不作為の因果関係
不作為の因果関係は「適切な診療をしていれば現実の死亡時点で生存していたか」で判断する
- 裁判所
- 最高裁判所第一小法廷
- 判決日
- 平成11年2月25日
- 事件番号
- 平8(オ)2043号・民集53巻2号235頁
- 結論
- 破棄差戻し
昭和50年判決の「高度の蓋然性」の基準を、検査・治療をしなかった不作為型の医療過誤に適用した重要判例です。死亡時点を基準に反実仮想を組み立てることを明示しました。
事案の概要
肝硬変で継続通院していた53歳の男性は、肝細胞癌の高危険群に属していましたが、約2年8か月、合計771回の診療の間、肝癌を想定した定期的なAFP検査・腹部超音波検査がほとんど行われませんでした。肝細胞癌が発見された時には既に根治的治療が困難で、患者は間もなく死亡しました。原審は検査義務違反を認めながら、適切な検査・治療が行われていた場合に「どの程度延命できたか」を確認できないとして死亡との因果関係を否定しました。最高裁は、問題は延命期間の長さではなく、適切な診療が行われていれば現実の死亡時点でなお生存していた高度の蓋然性があるかであるとして、原判決を破棄しました。
判決主文
原判決中上告人ら敗訴の部分を破棄する。
前項の部分につき本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
判旨の重要部分 原文
判決書から重要部分を要約せず原文のまま掲載しています。改行はWeb表示に合わせています。
1 訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである(最高裁昭和四八年(オ)第五一七号同五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集二九巻九号一四一七頁参照)。
右は、医師が注意義務に従って行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係の存否の判断においても異なるところはなく、経験則に照らして統計資料その他の医学的知見に関するものを含む全証拠を総合的に検討し、医師の右不作為が患者の当該時点における死亡を招来したこと、換言すると、医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の右不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるものと解すべきである。患者が右時点の後いかほどの期間生存し得たかは、主に得べかりし利益その他の損害の額の算定に当たって考慮されるべき事由であり、前記因果関係の存否に関する判断を直ちに左右するものではない。
実務上のポイント
- 不作為型の因果関係では、「義務を果たしていれば、患者は現実の死亡時点でなお生存していたか」という反実仮想を立てます。
- 「その後何か月・何年生きられたか」を正確に特定できないことは、直ちに因果関係を否定する理由にはなりません。延命期間の長さは主に損害額の問題です。
- 統計資料、治療成績、腫瘍の進行速度、検査可能時期などの医学的知見を含む全証拠を総合して高度の蓋然性を判断します。
- 検査をしなかったために本来得られたはずのデータが存在しない事案では、現実に残った資料から反実仮想の診療経過を具体化することが重要です。