最判平23.2.25
最高裁判例 因果関係論

最高裁平成23年2月25日判決―期待権の限界

「期待権」を、因果関係や相当程度の可能性が立証できない場合の一般的な救済法理として扱うことを否定した判例

専門医紹介期待権相当程度の可能性
裁判所
最高裁判所第二小法廷
判決日
平成23年2月25日
事件番号
平21(受)65号・裁判集民236号183頁
結論
破棄自判
この判例の位置づけ

通常の因果関係も「相当程度の可能性」も証明されない場合に、抽象的な「適切な医療を受ける期待権」だけで慰謝料請求を認めることには明確な限界があることを示した判例です。最高裁は、その検討の余地があるとしても「医療行為が著しく不適切なもの」である事案に限られるべきだとしました。

01

事案の概要

下肢の骨接合術等を受けた患者が、手術後の合併症として深部静脈血栓症を発症し後遺症が残った事案です。患者は、必要な検査や専門医への紹介を怠ったため後遺症が残った、少なくとも後遺症が残らなかった相当程度の可能性を侵害された、それらが証明できなくても適切な医療を受ける期待権を侵害されたと主張しました。原審は因果関係と相当程度の可能性を否定しながら、期待権侵害として慰謝料300万円を認めました。最高裁は、当時DVTの高頻度発症が整形外科医一般に認識されていなかったことや、医師がレントゲン検査・皮膚科受診勧奨等を行っていたことから、医療行為が著しく不適切とはいえないとして期待権による責任を否定し、患者の請求を棄却しました。

02

判決主文

原判決中,上告人ら敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
03

判旨の重要部分 原文

判決書から重要部分を要約せず原文のまま掲載しています。改行はWeb表示に合わせています。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
前記事実関係によれば,被上告人は,本件手術後の入院時及び同手術時に装着されたボルトの抜釘のための再入院までの間の通院時に,上告人Y2に左足の腫れを訴えることがあったとはいうものの,上記ボルトの抜釘後は,本件手術後約9年を経過した平成9年10月22日に上告人病院に赴き,上告人Y2の診察を受けるまで,左足の腫れを訴えることはなく,その後も,平成12年2月以後及び平成13年1月4日に上告人病院で診察を受けた際,上告人Y2に,左足の腫れや皮膚のあざ様の変色を訴えたにとどまっている。これに対し,上告人Y2は,上記の各診察時において,レントゲン検査等を行い,皮膚科での受診を勧めるなどしており,上記各診察の当時,下肢の手術に伴う深部静脈血栓症の発症の頻度が高いことが我が国の整形外科医において一般に認識されていたわけでもない。そうすると,上告人Y2が,被上告人の左足の腫れ等の原因が深部静脈血栓症にあることを疑うには至らず,専門医に紹介するなどしなかったとしても,上告人Y2の上記医療行為が著しく不適切なものであったということができないことは明らかである。患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に,医師が,患者に対して,適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは,当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまるべきものであるところ,本件は,そのような事案とはいえない。したがって,上告人らについて上記不法行為責任の有無を検討する余地はなく,上告人らは,被上告人に対し,不法行為責任を負わないというべきである。

04

実務上のポイント

  • 「期待権」は、通常の因果関係や相当程度の可能性が立証できない場合に常に使える補充的な請求根拠ではありません。
  • 最高裁は、期待権侵害だけを理由とする責任を検討し得るとしても、少なくとも「医療行為が著しく不適切なもの」である事案に限られるべきだとしました。
  • 平成12年9月22日判決の「相当程度の可能性」は具体的な結果回避可能性を保護する法理であり、漠然とした「適切な医療への期待」と区別する必要があります。
  • 患者側では、通常の因果関係、相当程度の可能性、期待権を混同せず、順序立てて主張・立証することが重要です。