最高裁平成8年1月23日判決―添付文書と医療慣行
「皆がそうしていた」ことと、法的な注意義務の基準である医療水準は同じではない
- 裁判所
- 最高裁判所第三小法廷
- 判決日
- 平成8年1月23日
- 事件番号
- 平4(オ)251号
- 結論
- 一部上告棄却・一部破棄差戻し
医療慣行と医療水準を明確に区別し、医薬品の添付文書に記載された使用上の注意から逸脱して事故が発生した場合の過失推定を示しました。
事案の概要
虫垂炎手術のため腰椎麻酔を受けた患者が、術中の心停止等によって重大な脳損傷を負った事案です。麻酔剤の添付文書には、注入後10ないし15分まで2分間隔で血圧を測定する旨が記載されていましたが、実際の血圧測定間隔が問題となりました。
判決主文
原判決中、被上告人医療法人愛生会、同鳥本雄二に関する部分を破棄し、右部分につき本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
上告人らのその余の上告を棄却する。
前項の部分に関する上告費用は上告人らの負担とする。
判旨の重要部分 原文
判決書から重要部分を要約せず原文のまま掲載しています。改行はWeb表示に合わせています。
この臨床医学の実践における医療水準は、全国一律に絶対的な基準として考えるべきものではなく、診療に当たった当該医師の専門分野、所属する診療機関の性格、その所在する地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮して決せられるべきものであるが(最高裁平成四年(オ)第二〇〇号同七年六月九日第二小法廷判決・民集四九巻六号一四九九頁参照)、医療水準は、医師の注意義務の基準(規範)となるものであるから、平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致するものではなく、医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない。
ところで、本件麻酔剤の能書には、「副作用とその対策」の項に血圧対策として、麻酔剤注入前に一回、注入後は一〇ないし一五分まで二分間隔に血圧を測定すべきであると記載されているところ、原判決は、能書の右記載にもかかわらず、昭和四九年ころは、血圧については少なくとも五分間隔で測るというのが一般開業医の常識であったとして、当時の医療水準を基準にする限り、被上告人鳥本に過失があったということはできない、という。しかしながら、医薬品の添付文書(能書)の記載事項は、当該医薬品の危険性(副作用等)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が、投与を受ける患者の安全を確保するために、これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから、医師が医薬品を使用するに当たって右文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべきである。
実務上のポイント
- 医療慣行に従っていたという事実だけでは、注意義務を尽くしたことにはなりません。
- 薬剤事件では事故当時の添付文書を確保し、その記載と実際の使用方法を照合することが重要です。
- 添付文書からの逸脱があっても、特段の合理的理由があるかは別途検討されます。